Chapter 4


ナスカへ≪Part.1≫        

  ペルー観光地デビュー



午前7時、Royalクラスの大型バスがやわらかなクッションも心地よく、バスターミナルから早朝の大通りへとゆっくり出て行きます。
Ormen~o(オルメ−ニョ〜国際路線も持つ大手の長距離バス会社)は国内線のRoyalクラスにも国際線と同じ豪華車両を使っています。

2階の最前席から見下ろすリマの街は、まだ車も人もまばらです。

「ナスカ」へ。

私のペルー観光地デビューです。

「え、まだ観光地はどこにも行ってないんですか? 行きたいところはたくさんあるでしょう。」とよく言われていました。

あります。いっぱい!。

子どものころからあこがれていたペルーです。

クスコ・マチュピチュ・チチカカ湖・ナスカ・・・。

それらの手の届くところまで来ていながらこの7ヶ月、リマを一歩もでていませんでした。

セミナー、マニュアル作りなど日本語に係わっていて、でかける機会を持てないまま気がつくと半年を過ぎていました。

3月の終わりから4月のはじめにかけては学期の更新で民間の日本語機関もつかの間の休みになります。

その間もミーテイングなどありますが、「そんなことを言っていたらいつまでたっても、どこへも行けませんよ。」とのあたたかいアドバイスに押され、気持ちのふんぎりをつけてナスカ・イカへの3泊の旅行を企てました。



リマ〜ナスカのもっとも手っ取り早いコースは飛行機を使っての日帰りコースです。

朝、飛行機でリマを発ち、イカという街まで行きます。そこから小型飛行機に乗り換え、ナスカ上空から地上絵を見て、逆のコースでリマに帰る〜。

あるいは地上絵飛行の後、ナスカの地上ポイントをガイドつきの小型バスまたはタクシーで回り、逆のコースでリマに帰る〜というものです。

効率よくポイントをとらえていて、短時間のプランとしてはいいと思います。

日本からのツアーではオプションとしても一番ポピュラーなコースでしょう。

しかしその料金を聞くと、半年リマに暮らし、ここでの物価水準に馴れてしまった私としては、途方もなく高い金額に思えてしまいます。

一方、その気にさえなれば、私には時間があります。(そしてお金がありません。)

ここはひとつ、手作りの格安旅行を〜。

といっても、カステジャーノほとんどゼロの私がすべてを自力でできるわけはなく、Sra.坂口に大いに助けられますが〜。

「地球の歩き方」を参考に、まずナスカに2泊、そして帰途イカに1泊、交通手段はバスで〜と。

一応、地元の旅行社に見積もりをしてもらいますが、一流ホテルに泊まるプランで合計440ドルとのこと。

3泊のホテル料金を考えれば、日本の感覚では安いですが、私の予算をはるかにオーバーします。

“ Prom-Peru ”という国営の観光案内の機関があります。

ペルーにしては意外(といっては“ Prom-Peru ”に申し訳ないですが)に親切でていねいに情報を提供してくれ、相談にも応じてくれます。

Sra.がそこに電話してホテル、地上絵飛行などのデータをとってくださり、ホテル・地上絵飛行の予約、バス席の確保、地元での観光情報〜とまさに手作りで机上プランを作っていきます。

プランができ、ホテルの予約のため、リマの海に近い繁華街“ミラ・フローレス”まででかけます。

その一角にあるマンション風のビルを奥に入るとそこは各部屋がそれぞれ小さなオフィスになっていて、そのひとつがめざすナスカのホテルの出先窓口で、宿泊の予約、飛行の予約を受け付けることになっています。

ナスカにも地上絵飛行を手がける小さな地元の航空会社が数社あり、このホテルはそのうちの一社が経営しているものです。

それで、ホテル・地上絵飛行の割安セットで予約をすることにしました。

ホテルの立地がナスカ空港の真向かいで飛行の時間を早朝にできるという利点があります〜とオフィスのセニョリータ。

その説明によると、早朝のフライトの利点は3つあるそうです。

飛行は地上絵をよく確認するために左右・上下と激しく旋回するため、酔いやすいことから通常は飛行の前に食事をとらないほうがいいと言われています。

ですから朝食時間の前の7時30分のフライトを利用し、飛行のあとゆっくり食事ができるというプランが可能です。

また、この時間帯のフライトのメリットは太陽の位置が低く、地上絵の影が長くなるため絵を確認しやすくなる〜ということです。

そしてなんといっても地元の飛行機は地上絵専門で小型なので、超低空飛行が可能です。

地上絵にもっとも接近できるわけです。

もっともこの三つのメリットのうち「太陽の位置が低く〜」は、早朝の時間帯も飛行機を遊ばせたくないためのホテル側の都合のいい理由のようです。

というのは、この時間にはこの地方はほとんど薄曇りで太陽が出ることは少ないからです。

でもまあ、リマからのフライトよりはずいぶん良さそうなのでこれに決めます。

そし2日間のナスカ滞在で、空から見るだけでなく、地上でのいくつかのポイントもゆっくり訪ねたあと、帰途イカに立ち寄り1泊してリマに帰ることにしました。

「ペルー観光地デビュー」の私としてはやはり初めての一人旅、そしてなんといっても目玉の「地上絵飛行」なのでフライトとホテルの2つだけは予約しておいたほうが無難でしょう。

その他の、地上でのツアーや市内・近郊の観光、帰途のイカの宿などは行き当たりばったりでいいだろう〜と。
早朝のリマの市街を抜けると、一転して荒涼とした砂漠地帯になります。
                 南アメリカ大陸を縦断する「パン・アメリカンハイウェイ」を快調に走りつづけるバスから望めるのは、見渡す限りの黒っぽい殺伐とした起伏ばかりです。

そしてハイウェイは、たまに車を追い越したり対向車が現れたりするものの一直線に伸びた先には車の影もありません。

その広大さは、「海」を思い浮かべ、そこに水ではなく砂があると想像していただければいいかと思うほどです。

ときどきさびれた田舎町や小さな集落が現れては消えて行きますが、やはりペルーの海岸地帯は基本的に砂漠なのだと実感します。

途中、簡単な朝食と飲み物のサービスがあり、砂漠の珍しさも単調さに変わって4時間、バスはイカの街へと入っていき、そこから乗り換えとなります。

乗換え不要のナスカまでの直行便も運行されていて、もちろんそちらの方が便利です。

しかし、リマ発の時間が遅く、ナスカ到着が夕方になり、その日はもうホテルに泊まるだけになってしまいます。

初日の時間を無駄にしないためには、イカまで行く早朝の便を使い、そこからは別のローカル便かコンビを利用してナスカに向かうことになります。

乗換えとはいうもののイカにはいわゆるバスターミナルというものがありません。

各社が勝手にめいめいの場所にオフィス兼発着所を構えています。

イカのバス停を降りて、ナスカに向かう別のバスの停留所を聞かなければなりません。

たまたま近くにいたPolicia (警官)に聞き、ちょうどこれから出発するというコンビ〈小型バス〉の停留所をさがし、待っていたバスに乗り込みます。

それまでのロイヤルシートの快適なバスとは打って変わって、日本から輸入した中古のライトバンを改造したコンビは、少しでも多くの客を乗せるため狭い車内いっぱいに窮屈な席がとりつけてあります。

助手席にも二人分の席がついていて見渡すと20以上のシートがあって、よくつけたものだと感心します。

輸入したときは、普通の「中古」だったでしょうが、それから何年も使っているのでしょう、車体の塗装も、車内のシートや手すりもくすんでいます。

まだ少し空いていた席のひとつにかけて出発を待ちます。

日本では車掌にあたるのでしょうが、ここでは主に乗客の「呼びこみ係り」といったほうがふさわしい男性が、“Nazca!”“Nazca!”と大声で叫んではボデイーを叩いてナスカ方面への客を集めます。

クラクションを鳴らして、いまにも出発しそうな様子なのに、結局満席になり、さらに立ち客でいっぱいになるまで待ってやっと出発します。

打って変わったのは、バスそのものだけでなく乗客もです。

なんといってもここは「生活路線」なのでしょう。

隣の席をみると若い女性です。

イカに大学があるのかどうか知りませんが、もしなければ専門学校の学生なのでしょう。

ノートとかばんを抱えています。

ナスカかあるいはその途中のあたりから通学するのでしょう。

差別意識ではありませんが、いわゆる「きちんとした身なりの人」は彼女だけ。

あとはさまざまな生活の臭いをいっぱいに身につけた人たちです。

まつわりつく小さな子どもを2、3人つれた母親。

商売をするのでしょう、野菜や果物いっぱいの段ボールを持っている人。

中身はわかりませんが大きな包みを抱えた人…。

しばらくして、なにやら動くものの気配を感じて足元を見ると、反対側の席に座ったオバサンの包みからアヒルが首を出してキョロキョロしています。

満員の立ち客の足のあいだから首を出したり引っ込めたりしながら回りをうかがっている様子に思わず吹き出してしまいました。

オンボロなのですが、コンビはよく飛ばします。

これはリマの市内のコンビでも同じですが、タクシーなみのスピードでうなりをあげながら、そしてときには傷んだ道路の砂埃も巻き上げながら突っ走ります。

ところどころ、「こんなところに人が住んでいるのだろうか。」と思うような何もない場所で客を降ろしたり拾ったりしながら2時間あまり。

やがてペルーの街の場末特有の小さな、ほこりでくすんだような家並みが続きはじめ、ナスカのセントロが近いことを予感させます。

どうやら私のはじめての観光地デビューは、とりあえず無事目的地に辿りついたようです。

これからの3日間もトラブルなく過ごせればいいのですが…。



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